still from "Recollection of the Contours", single channel video, 16min 31sec(loop) |
僕の最初の記憶はたぶん、坂道の光景である。それを思うようになったのは最近のことだ。
昨年末に引っ越してきた新しいスタジオの裏手が急勾配な坂道になっていて、そこを下り切ると谷底に湧き水がある。住所は一応東京なのだが、野生のクレソンが生えていて、沢蟹や、蛇や、シラサギがそこらを歩いていたりもする。最近は、制作に煮詰まった時などはこの谷に下りて、散歩したりスケッチしたりして過ごすことが多い。
先日の午後に、いつものようにこの坂道を下りていた時に、突然、2歳まで住んでいた仙台の自宅の前の長い坂道の光景がふと浮かんで、しばらく立ち止まってしまった。道の両側に小さな家が立ち並ぶ、何の変哲もない住宅地の光景。ブロック塀、植え込みや、電信柱を、低い目線で見ていた。ずっと忘れていた、38年ほど前の午後に全く別の坂道で見た午後3時くらいの強い光が、そのままの温度や湿度を伴って今の体内の奥の方のスクリーンにくっきりと映し出され、自分でも驚いた。
例えばニューヨークや京都のような平坦な都市の中心地に居る時、自分の居場所が分からなくて不安になることがあった。通りの名前を覚えたり、Google Mapsを見ることでそれは解決されるのだが。逆に、坂道の多い都市を歩き回る時は、地図や文字情報がなくとも位置関係を把握しやすい。どの店がどこにあり、ここから行くにはどれくらいの距離と時間を要するのかを直感的に想像できる。荒川修作+マドリン・ギンズの「養老天命反転地」ではないが、坂道というものは身体感覚と記憶を覚醒させる装置なのだろう。実際に、坂道を登ったり下りたりする時には、平地では忘れていた、何か自分の身体の深い部分と向き合うような感覚が生じる。身体の底に眠っていた記憶が引っ張り出されて、現在に刻印されるというのもあり得る話であろう。
おそらく、トリガーになっているのは「摩擦」だ。傾斜と重力によって、地面と足裏の接地点には摩擦が発生する。つまり平地では起こり得ない双方向的なベクトルが生まれる。それは地中から上がってきて身体の内側へ潜っていこうとする力学と、身体から下に向かって地中深くへと潜っていこうとする力学の二つの拮抗である。この二つのベクトルの緊張状態が、場所と身体の記憶を引き出し、結びつけるのかもしれない。この引き出し合いの構造は、描くこと/書くことの起源である、対象を引っ掻いて痕跡を残すという行為の中で働いている双方向的な力学とも通じる。やはり歩くことは、描くことにも書くことにも似ている。
さて、昨年の初夏、両親共に東北人である自分のルーツへの関心から、北海道と東北各地に点在する、主に縄文時代に作られたストーンサークル(環状列石)の調査を行ない、写真・ドローイング・テキストで記録した。ストーンサークルの付近には、住居の遺跡や貝塚や洞窟壁画といった文明の痕跡がしばしば存在する。面白いのは、青森の小牧野遺跡や北海道の西崎山環状列石・北黄金貝塚のように、それらの多くは見晴らしと水はけの良い、遠く海を望んだ斜面に作られているという事実だ。彼らは、やはり坂道を選んで生活や祭祀の拠点を作ったのである。
僕はとにかく古い書物を読むように、レコードを再生するように、ストーンサークルの周りの斜面をぐるぐると歩き回りながら、石の配置と輪郭を見て、その図形を身体に刻み込んでいた。それは個人の記憶を超えた、ある普遍的な記憶を通して、自分自身の輪郭を再発見するような時間でもあった。
さて今回、生まれ故郷である仙台の宮城県美術館で初めて展示をする機会をいただいた。この美術館自体が斜面に建てられている。自分が2歳まで住んでいた、まぎれもない、八木山の斜面である。そこで、昨年の環状列石のフィールドワークを思い出しながら、ささやかな映像作品を制作した。書画カメラの下に白いロール紙を設置し、その上に小石を配置してジャラジャラと動かしたり、マーカーで点や線を描き加え、ロール紙を引っ張りながらライブで録画していったのだが、僕は手元ではなくスタジオの壁にプロジェクターで投影された画面の方を常に見ながら行為した。画面を反転しコントラストを最大にすることで、白紙だった背景は闇となり、石はほぼ輪郭だけを残してただの白い光となる。光の粒に手で直に触れて配置・操作するような感覚の中で、記憶とは光跡なのだと思った。
記憶は新しく生まれたり、変形もする。僕は古いものを懐かしむのではなく、そこにある線をよく見て、辿ったり、なぞったり、引き伸ばしたり、時にはそこになかった点を加えてみたりすることで、時間と空間のレイヤーを行き来する新しい回路を発掘したいと思っている。
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