ちょうど10年前、夏の日の早朝、君が生まれた。
少し海の香りがした。
病院から帰る車の運転席から、道路沿いに大きな椰子の木が2本見えた。
遠くにカマボコ型の巨大な防空壕も見えた。
戦時中、この人工の洞窟に軍用機を格納していたそうだ。
いまは農家の納屋として使われていて、屋根には草木が生い茂り、古墳のようだった。
国道を走りながら、青い道路標識にある「宇」という白い文字が繰り返し目に入ってきた。
ふと、近くにストーンサークルがあることを思い出し、ハンドルを切った。
巨石に囲まれると、落ち着いた。
石の配置は、古代人が天体を模したものだとも言われる。
石の間を歩きながら、宇宙に散らばったあらゆるモノとモノの隔たりのことを思った。
距離と時間は、実は同じことなのでないかと思った。
そして音楽がなぜ美しいのかについて考えた。
一瞬、空中で微粒子が弾けるような、ジャコ・パストリアスの「Portrait of Tracy」という曲の出だしの、少し金属的な響きが聞こえた気がした。
小さな白い車に戻り、エンジンをかけた。
橋を渡る手前で、写真家の友達から着信があり、車を停めた。
河原まで下りて、電話をかけ直した。
友達と10分ほど話し、祝福され、最後はくだらない話をして笑いながら電話を切った。
そのまま座ってしばらく川を見ていた。
この川では、いまでもウナギ漁が行われるそうだ。
ずっと前、西表島のジャングルの滝壺で、大きなウナギが泳いでいるのを見たことがある。
あのウナギはクネクネと自在に動きながら、水の中でなぜか透き通って見えた。
透明な生き物がいるのかはわからないが、透明な動きというのは存在する。
川を眺めながら、空中で少し指を動かしてみた。
その時に、君の名前を思いついた。